福岡高等裁判所 昭和37年(う)57号 判決 1962年7月23日
控訴人 原審弁護人 本田正敏
被告人 瑞慶覧一代 伊礼清
検察官 藤井洋
主文
原判決を破棄する。
本件を熊本地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、被告人瑞慶覧一代につき弁護人三橋毅一、被告人伊礼清につき弁護人諫山博各提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断は次に示すとおりである。
三橋弁護人の控訴趣意及び諫山弁護人の控訴趣意第一点について。
所論はいずれも、被告人瑞慶覧は刑法第二三五条ノ二施行前より本件土地を占拠していたものであるからその施行により犯罪となるいわれはないというものである。
よつて按ずるに、原判決が認定した罪となるべき事実は「被告人瑞慶覧一代は昭和三〇年五月頃からその家族五名と共に、熊本市南町二二の七番地吉岡継男方に間借していたものであり、被告人伊礼清は一代の義兄であるところ、被告人一代は昭和三六年二月頃右吉岡から間借をことわられ、立退方を要求されたが、適当な立退先が見当らないので、昭和二八年頃被告人一代は養豚するため南九州財務局長管理にかかる国有地たる同町二二の六番地宅地四二〇平方米の北東隅地上に、無断で豚小屋を建てていたから、それを取除き、同地上に家屋を建てて居住しようと考え、同被告人から被告人清にその建築方を依頼し、被告人清もこれが建築方を承諾し、ここに、被告人両名は共謀の上、昭和三六年五月五日頃同地上に平家建木造バラツク一棟の家屋を建設し、もつて右家屋の敷地一五、九一平方米の不動産を侵奪したものである。」というのである。
刑法第二三五条ノ二のいわゆる不動産侵奪罪の罪質は、継続犯ではなく即時犯として理解すべきであるから、刑法第二三五条ノ二は昭和三五年六月五日同法施行後の行為に対してのみ適用せらるべきものであることは憲法第三九条の規定により明らかであり、この点については原判決も同一の見解を示している。
ところで原判決は「次に、養豚の目的のための不法占拠の点につき考察するに、前掲挙示の証拠を綜合して考量すれば、被告人一代は昭和二八年頃から昭和三六年五月五日頃判示家屋を建設するに至るまで、判示国有地を養豚の目的をもつて不法占拠していた事実が明らかであるから、その不法占拠は、養豚のため一時使用の目的をもつてなされたもので、いわゆる使用窃盗の範疇に属するものとみるべきであり、その法理は動産に関する使用窃盗と何等逕庭がないものといわざるを得ない。然りとすれば、被告人等が判示家屋を建設するに至るまでの被告人一代の判示土地の不法占拠は、いまだ、不動産侵奪罪の成立する余地は全然なかつたものと解するのが相当である。
しかし、飜つて、被告人等が判示家屋を建設した目的について検討してみると、被告人一代は判示土地上の養豚小屋を取除き、その跡に更めて家屋を建設し、その家屋に家族と共に常住坐臥し、そこに生活の本拠をおく目的であつたことは、被告人両名の当公廷における供述によつて明らかである。してみれば、判示土地の不法占拠の目的、内容、状態等は、被告人両名が養豚小屋を取除き、同地上に判示家屋を建設した前後により、自ら異つてきたものとみるべきであるから、被告人一代の判示土地の不法占拠は、養豚の目的のための判示土地の動産におけるような使用窃盗の形態から、判示居住目的のための判示土地の動産におけるような窃盗の形態にまで移行してきたものであり、換言すれば、一時使用の目的である暫定的不法占拠から恒常的不法占拠の形態即ち占得又は擅占の形態にまで発展してきたものといわざるを得ない。」として有罪の判断をしている。しかしながら伊礼トヨ子、玉寄貫喜の司法警察員に対する各供述調書、被告人瑞慶覧一代の司法警察員並に検察官に対する各供述調書、被告人伊礼清の司法警察員並に検察官に対する各供述調書、当審における受命裁判官の検証調書を綜合すれば、被告人一代の豚小屋は床、屋根、柱、板囲により造作されていた相当恒久的な建物であり、しかも同被告人は昭和二八年頃から引続き右豚小屋を所有しその敷地部分を占有していたものであることが認められるのであるから、同被告人の右占有は他人の不動産の単なる一時的な占有の妨害ではなく、占有の侵奪と認めるのが相当である。したがつて右占有を目して単なる一時使用の目的をもつてなされたもので、使用窃盗の範疇に属するものとした原判決は、右占有状態についての事実を誤認したものであり、右誤認が判決に影響を及ぼすものであることは前記不動産侵奪罪の罪質に照し明らかである。(原審検察官は、被告人一代の前記占有は、同被告人が豚小屋を解体したときに終了し、本件住宅を建築した際新たに不法占拠がなされたものである旨主張しているけれども、同被告人が豚小屋を解体したのは、その敷地の占有を抛棄したのではなく、その占有を継続して豚小屋に代えて同被告人らが居住する本件バラツクを建築するためのものであるから、豚小屋解体の一事により本件土地の不法占拠が終了したものとする主張は理由がない。)したがつて原判決はこの点において破棄を免かれず、各所論はいずれも理由がある。
よつて、諫山弁護人の被告人清に関する量刑不当の主張に対する判断は之を省略して刑訴法第三九七条第一項第三八二条に則り原判決を破棄することとするけれども、当審で取り調べた証人矢崎佳哉、同岡山正の各供述、有田測写有限会社作成名義の地積図、測量士岡山正作成名義の測量図、南九州財務局長の送付書並に測量図写を綜合すると、被告人等が本件木造バラツク建居宅一棟を建築した場所は、一部は、被告人一代が前に建築していた豚小屋の敷地部分であつたけれども、その大部分は豚小屋の敷地部分ではなく、右バラツク建居宅一棟を新築した際即ち昭和三六年五月五日頃新たに占有を開始したのではないかとの疑があり、この点については原審の審理経過と併せ考えると更に尚審理を遂げる要あるものと認められるので、刑訴法第四〇〇条に従い本件を原裁判所に差し戻すこととする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大曲壮次郎 裁判官 古賀俊郎 裁判官 中倉貞重)
弁護人諫山博の控訴趣意
第一点、原審弁護人は最終弁論のなかで、「本件土地の不法占拠は、刑法の一部改正のあつた日時以前から継続していたものであり、被告人両名の本件所為は罪とならないので無罪の判決を賜りたい。養豚の目的のための不法占拠から住居のための不法占拠に変つたといつても、不法占拠自体は七、八年前から継続していたものであり、かつ養豚小屋の古材を一部使用した。人が辛うじて住めるていどのバラツクであり、敷地も全く同一地であり、養豚小屋の解体のとき以前の不法占拠が終つたと見るべきものではない」(一八丁表)と、被告人の無罪を主張している。これをあらかじめ予想してか、検察官はこの点について、論告で「養豚の目的のための本件土地の不法占拠は、これを解体したときに終り、本件建物を建築した昭和三六年五月五日ごろ新たな不法占拠がなされたものであり、本件公訴事実にたいする証明は十分である」(一七丁裏)と、被告人の有罪を主張している。原判決はこれにたいして詳細な判断を示しているが、けつきよく弁護人の主張を容れず、被告人に有罪判決を言渡した。裁判所の判断は、「判示土地の不法占拠の目的、内容、形態等は、被告人両名が養豚小屋を取除き、同地上に判示家屋を建設した前後により、自ら異つてきたものとみるべきであるから、被告人一代の判示土地の不法占拠は、養豚の目的のための判示土地の動産におけるような使用窃盗の形態から、判示居住目的のための判示土地の動産におけるような窃盗の形態にまで移行してきたものであり、換言すれば、一時使用の目的である暫定的不法占拠から恒常的不法占拠の形態即ち占得又は擅占の形態にまで発展してきたものといわざるを得ない。果して然りとすれば、養豚のための判示土地の不法占拠当時は、いまだ不動産侵奪罪は成立しない筋合であること前叙認定のとおりであるが」というのである。
原判決は右のような結論を導き出した理由を、「養豚の目的のための不法占拠の点につき考察するに、前掲挙示の証拠を綜合して考量すれば、被告人一代は昭和二八年頃から昭和三六年五月五日頃判示家屋を建設するに至るまで、判示国有地を養豚の目的をもつて不法占拠していた事実が明らかであるから、その不法占拠は、養豚のため一時使用の目的をもつてなされたもので、いわゆる使用窃盗の範疇に属するものとみるべきであり、その法理は動産に関する使用窃盗と何等径庭がないものといわざるを得ない。然りとすれば、被告人等が判示家屋を建設するに至るまでの被告人一代の判示土地の不法占拠は、いまだ、不動産侵奪罪の成立する余地は全然なかつたものと解するのが相当である」と説明している。しかしながら、この判断は事実の認定を誤つたか、もしくは刑法第二三五条ノ二の解釈適用を誤つている。
被告人の司法警察員にたいする供述調書によると、問題になつている建物は、豚小屋をくずして古材を集め、その材料を使つて豚小屋の敷地跡に建てられたものであつて、それには六畳一間、押入れなどが設けられているとはいえ、材料、構造、占有面積などは豚小屋とほとんど大差のないものであつた(一二六、一二七丁、なお写真四七――四九丁)。したがつて、豚小屋の構築が刑法第二三五条ノ二にあたらないとすれば、同一の土地にそれとほぼ同様の建物を建てたことも刑法第二三五条ノ二にあたらないとみなければならない。また、建物の構築が刑法第二三五条ノ二にあたるとすれば、豚小屋の構築もやはり刑法第二三五条ノ二にあたるはずである。
原判決は、不法占拠の「目的」を問題にしているが、豚小屋に使うためであろうと居住に使うためであろうと、使用目的いかんによつて刑法第二三五条ノ二に違反したり違反しなかつたりするものではない。要は、不法占拠の態容によつてきまることである。しかるに、不法占拠の態容において、取りこわされた豚小屋と居住目的の建物とで実質的な差違が見られないことは、前述のとおりである。そうだとすれば、原判決はこの点で事実の認定を誤つたか、もしくは刑法第二三五条ノ二の解釈適用を誤つたことになる。そしてその誤りのため、不動産侵奪罪にあたらない建物建築について刑法第二三五条ノ二を適用したか、もしくは刑法第二三五条ノ二が効力を生ずる以前から存していた不動産侵奪行為について、刑法第二三五条ノ二を遡つて適用するという違法を犯したことになる(これは憲法第三九条違反でもある)。これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄さるべきである。
<以下省略>
弁護人三橋毅一の控訴趣意
原判決には事実誤認且法令適用に誤があり判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決を破棄し無罪の判決賜り度い。
被告人は判示国有土地に昭和二十八年頃より養豚小屋を建てて同地を不法占有していたものであるが、昭和三十六年五月従来の間借の立退を要求され暫定的住居とするため(記録九九丁被告人の供述調書中今しばらくの間でもこの豚小屋の所に家を造つてもらおうそして住もうと考えたのですとの記載参照)豚小屋を解体しその古材の一部を使用し同一地上にバラツク一棟を建築し居住したもので不法占拠自体は昭和二十八年頃より継続しておりその態様は従来の豚小屋も暫定的居住の為のバラツクも左程法的変化はない。従つて昭和三十五年六月五日施行の不動産侵奪罪を適用した原判決は違法であり破棄を免れない。